太陽
太陽といえば、関東の冬は大きな大きな朝日に始め、晴天が続く。
いわゆる西高東低ってやつだ。
そんな気圧配置になった今日、私の太陽が長い長い道のりの旅を終えてしまった。
私側からの書き方をすればこうなるが、きっと私なんかでは髪の毛1筋にも及ばない苦労の決断があったと思う。
でも、高橋尚子選手の引退は、とても・・・ショックというか、悲しみはないけれど、つらさもないけれど、もったいない気持ちと、安心と・・・たぶんミレニアムを衝撃的に感じた。
(ああ、文才がない・・・歌詞書いてるのにTT)
まじめな冒頭にしたけど、あんまりうまく行かないから、普通に書こうっと。
あたしは、以前ここに体中の間接異常の話を書いた。
実際、今も痛いってものはいいとして、14歳からずっとリハビリのために、長い距離をゆっくり走り続けていたんだ。
そのかいがあってか、全くなかった運動神経が少しずつ開き始め、高校では駅伝を走れるまでになった。
柔道と駅伝・・・なんともど根性のダブルヘッダーだが、あたしは走るのが大好きだ。
いろんなことにこだわって、こだわって、足を進めていくのも、景色をみるのも、自分といつまでも向き合うのも、本当に好きだ。
小さい頃から運動をしてたり、習い事してるヤツにかなわないボール競技と違って、ひたすら走っていれば、どんどん可能性が開けるから。
そんなころに、太陽を浴びて走るというよりは、太陽をつれて走って、走りきったあとに周囲の温度まで温めるような表情のマラソン後の高橋選手を知った。
この人は、理由もなく(もちろん足の速さ・選手としてのすばらしさは当たり前として)すごい。ものすごく強いんだな、と全身が震えた。
身体能力を超えたところで、人間の力がこんなに輝くんだと知った。
走ることが好きなだけあって、そして、いつも太陽を見続けるあたしにとって、とてもまぶしいマラソン選手だった。
引退会見を最後まで、見ていて、笑顔の崩れがまるでなかった。いつもないけど、やっぱり真ん中に芯がしっかりあって、いろんなことをぐっと秘めたうえで、外に光をだせるんだな・・・とまたまた感動してしまった。
いつかあんな大人になれるんだろうか。
それははなはだ微妙ではあるが、高橋選手、本当にありがとう。
まだまだ、走るだろうから、まだまだ照らすだろうから、お疲れは合わない。
ただ、プロっていう肩書きがなくなっただけで、いつまでもナチュラルな走りを続けてくれるんだろう。
ただ、それだけで、人々を動かしてしまうんだから、たいしたもんだ。
これからも頑張って下さい。心から、(勝手に)応援します。ありがとうございました。



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