« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »

太陽

太陽といえば、関東の冬は大きな大きな朝日に始め、晴天が続く。

いわゆる西高東低ってやつだ。

そんな気圧配置になった今日、私の太陽が長い長い道のりの旅を終えてしまった。

私側からの書き方をすればこうなるが、きっと私なんかでは髪の毛1筋にも及ばない苦労の決断があったと思う。

でも、高橋尚子選手の引退は、とても・・・ショックというか、悲しみはないけれど、つらさもないけれど、もったいない気持ちと、安心と・・・たぶんミレニアムを衝撃的に感じた。

(ああ、文才がない・・・歌詞書いてるのにTT)

まじめな冒頭にしたけど、あんまりうまく行かないから、普通に書こうっと。

あたしは、以前ここに体中の間接異常の話を書いた。

実際、今も痛いってものはいいとして、14歳からずっとリハビリのために、長い距離をゆっくり走り続けていたんだ。

そのかいがあってか、全くなかった運動神経が少しずつ開き始め、高校では駅伝を走れるまでになった。

柔道と駅伝・・・なんともど根性のダブルヘッダーだが、あたしは走るのが大好きだ。

いろんなことにこだわって、こだわって、足を進めていくのも、景色をみるのも、自分といつまでも向き合うのも、本当に好きだ。

小さい頃から運動をしてたり、習い事してるヤツにかなわないボール競技と違って、ひたすら走っていれば、どんどん可能性が開けるから。

そんなころに、太陽を浴びて走るというよりは、太陽をつれて走って、走りきったあとに周囲の温度まで温めるような表情のマラソン後の高橋選手を知った。

この人は、理由もなく(もちろん足の速さ・選手としてのすばらしさは当たり前として)すごい。ものすごく強いんだな、と全身が震えた。

身体能力を超えたところで、人間の力がこんなに輝くんだと知った。

走ることが好きなだけあって、そして、いつも太陽を見続けるあたしにとって、とてもまぶしいマラソン選手だった。

引退会見を最後まで、見ていて、笑顔の崩れがまるでなかった。いつもないけど、やっぱり真ん中に芯がしっかりあって、いろんなことをぐっと秘めたうえで、外に光をだせるんだな・・・とまたまた感動してしまった。

いつかあんな大人になれるんだろうか。

それははなはだ微妙ではあるが、高橋選手、本当にありがとう。

まだまだ、走るだろうから、まだまだ照らすだろうから、お疲れは合わない。

ただ、プロっていう肩書きがなくなっただけで、いつまでもナチュラルな走りを続けてくれるんだろう。

ただ、それだけで、人々を動かしてしまうんだから、たいしたもんだ。

これからも頑張って下さい。心から、(勝手に)応援します。ありがとうございました。

| | コメント (2)

退行

気付け、じゃなかった、着付けに通っている。
最近はだいたい週末、金曜日あたりに着物を来て、うまく歩けずに、ぐらぐらしている。日本人なのに、民族衣装さえ自分で満足に着られないことや、冠婚葬祭には留め袖が憧れなので、もっと精進せねばである。

で。着付けあとに、短いランチをとるのだが。


今日は、ランチタイムにギリギリ滑り込んで、イタリアンをがっついていたところ、両のとなりに不思議な人がひとりずつ。

左には、外国人紳士が、なぜかカルボナーラを卵をどかして、黄身にナプキンをかけて食べている。

まぁ、それはそれで好みか。しかし、卵の黄身が嫌いなら、始めからカルボナーラでなくても?ねぇ。写真からしてレアエッグだったけど。。。だって半熟卵って書いてあったもん。


右には…。

たぶん、47歳の独身女。
だって懸賞ハガキ、しかもすべてゼスプリキウイシール、を五枚ほど書きつづっていたから年がわかったんだもん。

でも、なにやらそこへ、前職場の同僚の若い子が。

驚くべきは、二人の会話が、めちゃくちゃ今風の言葉。
仕事を辞めたがり、普段友達がいかに大切かを熱弁する四十路の女は、二十そこそこの言葉使いをする。

そりゃあ、管理職にはむずかしいし、上司と話あわないよなぁ、と思っていると、やけに熱い口調て夢を語りだした。

いやはや、仕事しないで、昼のカフェで夢を追って。
人間は不屈の精神をもってるなぁ、と思う一方、いい加減に自分の出来ることと向き合ったがいいだろ、懸賞でずっと夢を追うより、と焦った。

なんとも会話を紹介すれば、長くなるから割愛するが、ギャルゴ、ゼスプリ、ジャージ、ランチセットにケーキ。そして夢を語る。


なんとも異色な人であった苦笑。


私の愛する作家が、人間は、昔よりだいぶ幼くなったと書いていた。
なにか、今日の両どなりで納得した。


好き嫌いが選べない紳士に、自分らしさに溺れて、結局芯になるものが見つからないのはまわりのせいにする。

自分らしさや、自己、アイデンティティーを見つめるのはいい。
しかし、何かを探すときは何かを始めて苦労するのと同じく、自分と自分だけと向き合っても苦労しないから意味はない。

そうやって、ずっと自分を掘り下げたらきっと、真ん中は穴になり、過去にこだわる分、大人から子どもに退行していく。それを純粋と勘違いするから、無理やり正当化し、貫けず、合わなかったんだ、とまた退行する。

そういうことなのだろう。

何かを形にし、自分らしさを見つけたければ、何かを始め、自分が何ができるかをわかることで、いつ自分の感情が動くかを知ることが大事なのではないだろうか。


昼間のランチタイムに大きな衝撃をうけた。


| | コメント (2)

14日は・・・

鉄道の日だった。

アタシの趣味と言えば、大したことがないから・・・公言はとっても申し訳ないけど・・・

電車の路線図は大好き。地図も大好き。

なぜなら・・・見てるとどっかに行った気がするからw

だって、「この電車があんな遠くまでいくんだ~」とか、「いや、この新幹線に乗ったら駅弁かうだろ、どれにするかな」・・・とかいかんせん妄想がふくらむ。

さて、そんな鉄道の日であるが、全国各地でイベントが開かれているのをみて聞いて、鉄道はやっぱりすごい、やっぱりかっこいい、やっぱりエコ・・・などいろんな思いがこみあげ、うれしくなった。

本当なら、14日にあわせて、ちょっと変わった電車の旅とかをするべきだったが、今年は仕事がおしていまい(下っ端だから・・・汗)行けなかった。

その代わり、ちょっと前になるが、夏休みに、奥多摩を探検する子どもたちや、観光客用に2日間のみはしるL特急に乗ってきた。

L特急という名称は大人になってから知ったけれど、多くのファンのいる運転席の高い列車である。

というか、わが田舎鴨川と東京を結ぶ、赤い電車・・・がまさにこのL特急だったと思う。

アタシのふるさとは単線、赤字路線で、何時間かに1本しか電車のないときがある。

最近は、横向きのシートの新車両が走っているときもあるが、基本的に「青い電車」が鈍行で、「赤い電車」が特急であり、肌色と赤・肌色と青のボックスシートに毎日ゆられ、高校まで通った。

ボックスシートに朝、6時過ぎに乗っても、だあれもいない。

ゆうゆうと、4人掛けに一人で、足をのばし、朝飯をがっつき、身なりをなんとか整えて、通学した3年間はアタシの青春であるw。

で、そんな懐かしい車両に乗って、周囲の人々がうれしそうなのを見ると、感激もひとしお。

やっぱり、あの雰囲気はたまらない。部活動ばかりの3年間を過ごしたから、なんでもかんでも電車でやろう、と思って自宅をあとにした。

1時間弱の片道、朝飯・夕飯を食べることはもちろん、テスト期間・予習・復習もずっとやっていたから、2年生になる頃には、電車の揺れでも、ノートが写せた(苦笑)

でも、一番大切で、一番楽しみにしていたのは。

この時期からの特別。

朝日が海から昇るのが、毎日見えるのである。

安房鴨川を出発し、暫く走って、太海~江見のあたりに、素敵な岩場が見え、海がぱあっと開ける。

そこが白んでいくのも、とても荘厳で爽快だけれど、そのあと南三原~にさしかかるところで、ちょっと防砂林や、木々にはばまれながら真っ赤な朝日が、半円からまあるくなり、学校へ向かうころにやっと頭の上に昇るのだ。

その瞬間だけは、みんな他のことをしていても、朝日に気づき、海を見る。

それは、田舎かつ、単線というへんぴな条件の線路が、海ぎりぎりを開き、走るからであり、さらには横向きの椅子ではなくボックスシートだから、窓が見やすい・・・という素敵な偶然である。

電車でなかったら、そんな素敵は味わえなかったし、電車がボックスシートで懐かしいから、余計あったかい。

アタシの電車好きは、もちろん、生まれた場所から、遠くに連れて行ってくれる魔法の乗り物だったL特急から始まっているが、鴨川を走る優しい電車が今も大好きである。

カーナビのすごさにも感謝するし、あれも地図だからとても好きだけど・・・

路線系図で、行った先への思いをふくらませ、ナビを見るのではなく、景色を見て、ボックスシートなら、お弁当としゃれ込んで、土地と土地がつながる瞬間を感じる楽しみは、人生の楽しみである。

| | コメント (3)

復帰と食事( 後編)

復帰と食事(<br />
 後編)
いやぁ、人生の素朴なサボりぐせを抜くのに必死な静です(--;)

で、まず!
食べ物について考察する前に、写真を見てっ。

知る人ぞ知る、マックのベーコンポテトパイです(笑)

あたしが、ガンガンにマックでスマイル投げてるときに販売していたんだけど、数年前にアップルパイを残して販売中止になっちゃって(泣)

あたしはアップルパイ派だったけど、結構ベーコンポテトパイ派だった人が多く、復活がうれしくて、即買ってゲキシャ!

食事ってほとじゃないけど、大分人間は、こうゆうことで元気が出るよ。


かつ、カウンターレディとしては、やはり要チェックです。

では、本題へ。

最近の復帰で、やっと甘いものを甘いと認識するようになってきたんだけど、固形のもの、洋菓子のような油分の強いものは、弱る人間の胃袋は受け付けないね。

同じく甘いし、糖分は負けてないけど、小豆や、果物、ビックリすることにジャムなんかだと、吐き気や後残りしないで、摂取できるみたいだ。

その証拠に先週、ずっと小豆が食べたいっ、との衝動にかられた。
で、腹が空いたんだろうと、普通の食事に手をつけようとしたが、匂いをかんだら吐き気がし、なかなか食べられなかった。

でも、まんじゅうはペロリと平らげたのである。

これはすごい。
日本人の叡知を感じる。
小豆の料理は、極めて胃に優しく、かつ、体力の低下を短時間で何とかする食品なのではないか、と体感した。


よくよく、文献に当たってみると、北朝鮮から脱出した方々の手記にも、肉や魚などの高タンパク質を採らねばならないのに受け付けなくなった体を、ゆっくり戻すために、小豆などを煮て、ゆっくりと啜るのだそうだ。


最近、洋菓子ブームは去っても、甘い物好きにはマダマダ生クリーム好き、和菓子嫌いが多い気がするが、ここらで一度、日本の若年層は、小豆を見直すべきである。

(てか、大分胃腸が弱ってたのね、と素直に反省したけど、アタシは\(__))


さらに、復活の食べ物としては、多分トマトが有効だ。
以前っても、大分昔、ブロクにて、二日酔いを減退するのにはトマトっ!と言う記事を載せたところ、反響が素晴らしくあった。

しかぁも。
『さわやかな翌日を迎えました』と言う意見のみの反響である。
このことを鑑みるに、トマトは肝臓、腎臓、胃腸が一気に疲れるときに、非常によい食品である。

だから最近、我が周囲の人間はよく見ていたが、アタシはひたすらトマトソースのスパゲッティがランチである。

本当に食べたくなるし、パスタは消化がよく、残らない。


二日酔いでなく、体力が落ちて、消化まで体が追いつかないときはトマトに火を通した料理がいいとわかった。


あ、ちなみに、二日酔い防止には、冷しトマトでいいから、ツマミにトマトを頼むと良い。


食べたいもので体調がわかるのは、いささか野生の働きである。
だが、最近の皆様に質問。

あ、今日これ食べたい、という欲求が、おろそかになってないだろうか?

そりゃ、コンビニやお惣菜で、あ、うまそぉ、くらいはあるだろうが、そうではない。

何かの素材、野菜やら肉やらに関して、食べたいっという欲求が持てているだろうか。

本来は、食べたいものが、体や心に対して足りてない栄養素であるから、それを感じないことは、生きていく上での退化である。

でも、最近、それを感じる人が少なくなったような気がしてならない。


時間はのあるとき、田舎に旅したとき、なんでもいいから、あまり素材に味をつけすぎずに食べてみて、あぁこんな味、美味いと思ったら、それは皆様の不健康を知らせるシグナルだ。

また、その食材の味を知っていれば、何が食べたい?と恋人や友人に聞かれ、「何でもいい」と答えなくて済むだろう。

さらに、体調管理に役立つし、食べ物にこだわると顔が変わる。


ぜひ、秋の味覚で試されたし(^.^)

| | コメント (2)

復帰と食事(前編)

復帰と食事(前編)
最近、大分人生をさぼり、元から怠け者だった人格に磨きをかけてしまった。

我が家が至って居心地がよく、猫さえ騒がなければ睡眠薬の効果があるが如くによく眠れるため、
昼間に無理やり起き出して、家じゃないところでアポとりや書類仕事をしようと出発した。

で、よくある血糖値不足で、決闘値も上がらず(まぁ、ようは朝飯を食べる習慣が何年も欠落しているから、早起きすると必然的に動けないわけ)カフェのランチにいった。

でも、暫くの期間、完全にヤクヅケかつ絶対安静だった胃袋はあまり一気に食べ物を消化しない。

で、あるからして、少量で糖分を摂取するならば甘いものになるわけだ。

なので、今日は久々にシフォンケーキのセットになったわけだが、何やら、別のアイスに替えれるだとかなんとかを丁重に断って、ガムシロを退けた。

すると、今日の期間はケーキが25%増量らしく、どーんっとデカイ塊が。
なんてくじ運のある…
うーん、甘いものは苦手なのにぃ、と思いつつ食べながらアポメールをしていたのだが、あら不思議。

二週間もあんまりちゃんと栄養がとれないと、甘いものを甘いと認識しないのね(笑)

暫く食べ続けるうちに、やっと、味がわかった。

ダブルチョコレートなるやつは、完全に無理だろうから、紅茶のシフォンケーキだったのだが。
半分あたりで、ようやくアールグレイの風味の生地であることに気付き、珈琲はブレンドだと感じた。


そこで、食生活の有難さや、あたえるものについて考えてみた。

次回へつづく。

| | コメント (0)

« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »